うちのクルマ 奇跡の"えんこ"

 すべては神様の恵みとしか言いようが無かった大事故回避の自動車故障のことを分かちあいたいと思います。

 先日、日系会館での教会の日曜礼拝からの帰り道、帰宅寸前のところまできて、クルマが突如故障してしまい、全く運転不能に陥りました。
 交差点で信号待ちしたら、一番先頭に居たのだけど、青になって進もうとしたら、まるでブレーキを強く踏んだ直後にアクセルを思い切り踏んでるみたいな、急発進と急停車を一瞬置きにしているような状態になりました。

 何だかわからないがこれはただ事じゃないと、直ちに停まって様子を見たいところだったけど、3車線もある主要道路なので、交差点の真ん中で立ち往生したら、周囲の交通を遮断することになり、大渋滞を引き起こすことは間違いないのでそれだけは出来る限り避けようと努めました。

 なんとしてもとりあえず向こう側のコーナーまでは渡りきろうと、タイヤのゴムの道と擦れるキューという音を軋ませ、無理やり高回転にふかして回して唸るエンジンを轟かせ、ステアリングがほとんど効かないで左右に揺れ、小刻みにstop & goを繰り返しているので上下にもむちゃくちゃに揺れて凄い姿でともかくも必至に交差点の向こう岸までたどり着き、PETRO CANADAのガス・ステーションの出入り口まで来れ、どうにか後続車が普通車なら車線を変更しなくてもすり抜けられる程度に脇へ寄せられたところで、ガソリン屋には迷惑な半ば出入り口を塞ぐ形で突っ込むように停めました。

 見てみると右前輪だけがスキーのボーゲンの時のように内側に45°ぐらい不自然に曲がっているではないですか!してその元の繋がっている部分の一端が外れて宙にブラブラしている。これでは舵がきれないのも、車が前に動かないのも当然。何でいきなりこんなことに?!という疑問と同時に、背筋が凍り付くような感覚を覚えました。
 もしこれがほんの3分前に起こっていたら今頃・・・というのはハイウェイ401を降りた直後だったからです。高速道を時速120`ですっ飛ばしていたその最中にこのことが起こっていたら、自分たちだけにとどまらず、周りを巻き込むどんな大惨事になっていたかと直感的にその光景が思い描けたからです。

 これは「不幸中の幸い」、いやそれでは表現不足で「不幸中における最善条件」(?)・・・いっそそれよりむしろ“不幸”などではさらさら無くってむしろ完全に“幸い”なだけであったと言いきったほうが正しい認識と言え、これは神さまの私たちへの完璧にあわれみの“わざ”そのものだったのでした。

 おそらく誰が見ても一目で走行不能と思える半ばと取れかかったタイヤゆえ、CAAをすぐ呼ぶことにしました。実はこのガソリンスタンドはわが家のタウンハウスに塀を一つ隔てて隣接していて、しかもなお、うちの玄関からほとんど20mくらいしか離れてないところにこの故障車があるという好都合でした。
 このため、家内と交替で一人は車に残り、カバンやら荷物を家に一旦運び入れ、なんとそのCAAへの連絡もケータイではなく普通のコードレス電話が使えて、車の見える所まで出てきてかけたという事実。何ともおかしな話しじゃありませんか? Road Side Emergencyであるはずにしては家の電話で緊急コールをかけられるなんて!

 おかげでレッカー牽引車の到着までの間に、家内は汚れるかもしれない作業に備えた着替えもすませてしまい、朝のコーヒーメーカーの残りを温めて容器に詰め、我が家のセカンド・カー(うちは車が2台ある)でこのガソリン屋の片隅へ登場して、まるで車代行サービス員のごとく要領よく整えて待機と・・・ペトロカナダのガソリン屋さん"様々"で利用させてもらってしまいました。
 一度「じゃまだから動かしてくれ」と言ってきた店員へ詫びついでにサンドイッチを買って腹ごしらえしながら、秋の午後の陽ざしとそよ風にあたりつつ、ウソみたいに余裕でCAAトーイング・トラックの到着を待っているだけでよかったのでした。

 で、レッカーには行きつけの日本人がやっているガラージ、Hオートまで引っぱってってもらい、そこは日曜休業ですが勝手に裏へ一晩置かせてもらい、翌日修理を頼みました。
 結果はTie Rod Endという舵さばきの役目をする重要な部品の損傷で、古くなってくると('91アコード)時にはあることらしいが、直してくれた後、整備士のBさんいわく「普通は前ぶれ的な兆候が現れるんだけどねー、もし高速走行中だったらまずクルクル・スピンしたろうね。もしくはそれじゃ済まず横転してたかも・・・」と言われてやっぱりと思いつつも再び背筋がゾーっ。しかしそう言われても何の異変も察知できなかったので、それも不思議。

 というわけで、つくづく諸状況をふり返ってみると神様のあわれみでこの故障が、考えうるベストのタイミングで起こしてもらえたということ−−それは−−
   −−と、具体的にどの点を見ても慌てる必要が全くなく、困ることが一つもない、僕らにとって最善の瞬間だったのでした。

 こうして書いてみるとその時を思い出して興奮してきますが、一旦事が済んで平穏な生活が戻ると、まるで何事もなかったかのように、忙しい毎日の中で日に日に忘れていってしまうことにもまた気づかされました。