「受洗の証」 S姉

 日本で生活していた時、私は自分の事を「インチキクリスチャン」と呼んでいました。
なぜなら、キリスト教の事と言えば、カトリックの学校に通っていた為、その時テストに出る所だけの知識しか持っていませんでした。普段聖書も読みませんでしたし、ホームチャーチもありませんでした。なので、今思うとちょっぴり曖昧な、自分の都合の良い様に解釈をした神様でした。

 それでもやっぱり困った事があると祈る相手は「神様」でした。

 そんな中、ここトロントに来る機会を1年前に与えられました。その時生まれて初めて、自分の小ささを思い知らされました。日本で生活をしていた時はどこに行っても1人で生きていく自信がありました。今まで培って来た経験や知識で何とでもなったのです。

 しかし、ここトロントに到着した時、英語は全く話せませんでしたし、留学エージェントも使わず、知人や友人も全く居なかった為、正直立ちすくみました。何も出来ないのです。部屋もありません。食事をするにも、飲み物を調達するにも、全てが緊張の連続です。何をするにも分からない事ばかり。気がおかしくなりそうでした。

 そんな中ようやく部屋だけは決まり、トロントの生活が1週間程たった時でした。
 私が決めた部屋は月極めの部屋もありましたが、B&Bもやっている家でした。
 そこに1人のT君という男の子が泊まりに来ていました。そして、家で彼を見かけた私は、何となく彼に色々質問したい衝動にかられ、色々質問をしました。そのうち彼は「明日は教会に行く」と言い出したのです。そこで私は即、一緒に教会に連れて行ってもらえるよう頼み、それに対して、彼は快く承諾してくれました。

 それで来たのがここ福音教会でした。まだトロントに来て間もなくて、不安を抱え込んでいる私に対して、本当にこの福音教会の人達は温かく迎え入れてくれました。
 その日を境に私は毎週この福音教会の礼拝に参加させていただく様になりました。
 そして、それから3ヶ月たった6月に、イエス様を信じるというお祈りをしました。

 英語力も友人も何も無かった私が、この一年で本当に多くの恵みを与えられ、とても平和に日々を過ごせています。それどころか、私のトロントでの最大の目的であった歌を歌う機会さえ与えられました。「Toronto Mass Choir」です。このクワイアーを知るきっかけを与えてくださったのは他でもないPastor Rayだったのですから、本当に神様の御業は素晴らしいです。

 もう1年ほどカナダでの滞在を予定していますが、その後は日本に帰国する予定です。正直日本での生活に少し不安を感じますが、ここトロントでも生きて来れたのですから、言葉の通じる日本では大丈夫だと確信しています。それに、もう私は1人じゃないのです。

マタイによる福音書の最後に、イエス様は、
 「見よ。私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいるのである。」
と約束してくださっています。